彫刻の歴史を紐解き、これからの在り方を考える「アートプロジェクトの0123」第6回目講義レポート

11/17に開催した0123 第6回目の講義は、「彫刻の危機と展望」をテーマに、彫刻家・評論家で、出版社「書肆九十九(しょしつくも)」代表の小田原のどかさんを講師にお迎えしました。 講義の冒頭で「自分では、彫刻の危機と感じたことはないので、とても新鮮な気持ち」と仰いながらも、ご自分の故郷仙台のお話から、研究されている長崎のこと、国内外の様々な彫刻の歴史や事例について、お話いただきました。

<長崎とのかかわりについて>
長崎を初めて訪れたのは、2014年ごろでした。
長崎は本当に彫刻が多い街で、外国からプレゼントされたものもたくさんあります。なかには核保有国から送られた平和の彫刻もありますが、それを被爆地である長崎の平和公園におくということは、とても不思議で複雑なことだと感じていました。平和とは、平和記念とは一体何だろうと考えたことから、長崎に興味を持つようになりました
2016年には、長崎で戦争を経験された方や、原爆の被害にあわれた方から伺った体験談をまとめて「原爆後の70年」という本を出版しました。それから5年後となる今年、「原爆後の75年」を出版しましたが、戦後70~80年というのは、戦争や原爆を体験された方々が多く亡くなられ、体験された方から直接お話を伺うことが難しくなってきています。 「原爆後の75年」でお話を伺った方の中にも、出版後に亡くなられた方がいらっしゃいました。「原爆後の80年」を出版するころには、一体世の中はどうなっているのかと、日々考えて書籍の編集や造本など、注意しながら準備をしています。自分は仙台出身のため、原爆や平和教育をきちんと受けてきたわけではなく、長崎へ行くまではどこか遠いところという印象を持っていました。27歳の時に初めて長崎に行き、たくさんの彫刻にふれ、日本の戦後の平和とは何か、後の民主主義とは何かという考えを広げてくれるような形で彫刻がありました。長崎でたくさんの彫刻を見て、何を自分は考えることが出来るだろう、何が言えるだろうと強く考えるようになったことがきっかけで、本を作りたい、評論をしようと思うようになりました。

<故郷 仙台と彫刻>
自分にとって、彫刻の原風景は、生まれ育った仙台の街に置かれた彫刻作品になります。仙台では、1970年から彫刻のある街づくりが始まりました。コンテストで作品を選ぶのではなく、作家に実際に作品をおく風景を見てもらい、その景観に合う作品を作ってもらいます。こうして計画的に仙台の街に彫刻が増えていきました。
これを見て育ったからこそ、10代から彫刻に興味を持ち、携わるようになりました。
仙台市の定禅寺通りは、「森の都仙台」と言われる象徴的な場所のひとつで、真っ直ぐに連なるケヤキ並木に、200mほどの間隔で彫刻がおかれています。そこで暮らす人々、通りを行きかう人たちは、特に彫刻に注目して見ているわけではない中で、季節が変わっていっても、彫刻だけはそこに変わらずあり続けます。なぜ人は彫刻を作り、それを見たいと思い、それをおきたいと思うのか。人と彫刻の関わりに興味を持つようになりました。 通っていた高校に美術科があり、そこで15.6歳から彫刻を始めて、大学も多摩美術大学の彫刻学科へ進学しましたが、授業の内容は、技術や素材の扱いを重視したものでした。そんな中で、自分の形を作るとか、そういうことに興味が持てなくなり、美しい形をつくることや、自分が思う形をつくることなど、つくることを突き詰めるのではなく、人間と彫刻の関連を考えることの方が自分のやりたいことなのではないかと考えるようになりました。

<日本の彫刻に思うこと>
講義の途中、受講生からの「街にある彫刻には古びてしまったものも多くありますが、そのことについてどのように思いますか」という質問に対して、小田原さんは以下のようにお話されました。

-公共彫刻の中には、「これは見るために置かれていないな」と感じるものもあります。
そのような公共彫刻は、長い間そこにあるけれど、自分とは関係ないものと思っていました。しかし、長崎へ行ったことをきっかけに、ちゃんと彫刻のことを考えなければいけないと思うようになりました。彫刻は本来欲しいところへ届くべきで、特に議論なく、コンペもなく、トップダウンだけでそこにおかれるのはおかしいと思うのです。
破壊や批判の対象になったり、女性の裸体像に対する疑問の声も上がっています。一度おかれた彫刻は、変わらずそこにありますが、彫刻を見る私たちが変わっていくのです。その変化を照らし出してくれるのが彫刻だと思っています。
もう要らないと撤去されたり破壊されても、また違った形で、彫刻は帰ってきます。例えば、現在熊本県では地震復興プロジェクトとして、アニメ「ワンピース」のキャラクターの彫刻が各所に設置され、話題を呼んでいます。あるキャラクターの像には、熱心なファンの間では分かる、特徴的な傷などが施されているのだそうです。女性の裸体像については、西洋の絵画や彫刻には、裸体であるということに意味があり、その解説や学習がきちんとなされています。その人物が裸体であること、または何色の服を着ているのか、すべてに宗教的な意味があるのですが、日本では、そのような説明はなく、ただ裸体像がおかれているのが現状です。
日本の美術教育では、彫刻の裏側にある知識の体系をどう読み解くかという訓練が、抜け落ちてしまっているのだと思います。

<彫ること・書くこと-これまでの様々な活動をとおして思うこと>
先に記載した長崎のお話をされているなかで、これまでのご自分の活動を振り返りながら、このようなお話をされました。

-書く・書かれる、選ぶ・選ばれるという非対象な関係が固定されるのは良くないと思います。自分は作品を作るし、誰かについて書くし、誰かに書かれるし、展覧会に呼ばれることも有れば、去年は藝大の陳列館で協働キュレーションで、人に声をかけて展覧会を作ることもしてきました。その時々の、「これが必要だな」「これがやりたいな」ということが本になったり、評論になったり、展覧会になったりするのです。アーティストだから作ることだけしかしてはいけないということではなく、もっと自由に、ひとりひとりが作家とかアーティストだということに限らなくて良いと思うのです。人それぞれ切実や必然性は違っていて、何が出来るか何がやりたいかということも違います。それを型にはめていくような風潮は嫌だなと思うのです。

・運営する出版社「書肆九十九(しょしつくも)」より「原爆後の75年:長崎の記憶と記録をたどる」(長崎原爆の戦後史をのこす会編 2021年)を刊行。
https://shositsukumo.thebase.in/items/53449930
・近著「近代を彫刻する/超克する」(講談社)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000356218
・12/25より個展「近代を彫刻する/超克する 雪国青森編」国際芸術センター青森(ACAC) スタート
https://acac-aomori.jp/program/odawara/

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