【特別講演会レポート】欧州5大国際展報告会「2022年は現代アートの分岐点だった!」 ——海外の潮流は大きく転換したのか—―

 2023年3月25日(土)、横浜の象の鼻テラスで開催した、国際展ウォッチ歴がなんと48年という美術評論家 市原研太郎さん渾身の下記報告会模様をレポートします。各国際展の具体的内容はもちろん、ドクメンタ15や第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ以外のあまり情報がない3つの大型国際展の詳しい報告も盛りだくさん。また、それぞれの違いや現代アート・国際展の歴史における意義、将来展望などについてもわかりやすく説明されました。写真や動画映像も数多く見せいただき、その圧倒的情報ボリュームとともに、市原さんの深い知見を踏まえた鋭い分析があり、休憩を挟んで4時間の長丁場になりましたが、非常に有意義な報告会となりました。以下その概要をレポートしますが、詳細は、ぜひアーカイブ視聴をお申込みください。【料金1,000円。配信期間:4月8日~5月7日。申込期限:5月7日。なお、1分間の広報動画はこちらです。】

・ 講演名 「2022年は現代アートの分岐点だった! 国際展ウォッチ歴40年超の美術評論家 市原研太郎が欧州5大国際展を紐解く」
・ 日 時 2023年3月25日(土)17:00~21:00
・ 会 場 象の鼻テラス

 コロナの影響で開催年が昨年に重なった欧州の5つの国際展。それぞれの特徴を整理して説明するため、開幕順とは違い、次の順番で報告されました。(リンク先は公式サイト(英語))
第12回ベルリン・ビエンナーレ」ドイツ・ベルリン/6月11日~9月18日
マニフェスタ14」コソボ・プリシュティナ/7月22日~10月30日
「第16回リヨン・ビエンナーレ」フランス・リヨン/9月14日~12月31日
「第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ」イタリア・ヴェネツィア/4月23日~11月27日
ドクメンタ15」ドイツ・カッセル/6月18日~9月25日

市原研太郎さんからのご報告の様子(リヨン・ビエンナーレの作品の一部)

 まずは、大型国際展の歴史から報告は始まりました。最も古い国際展がヴェネツィア・ビエンナーレで1895年から開催され、サンパウロ・ビエンナーレが1951年から、ドクメンタが1955年から、シドニー・ビエンナーレが1973年からの開催です。現代アートの大型国際展は1990年代から急増し、グローバル化が進みました。アジアでは1995年の韓国の光州ビエンナーレを皮切りに、日本においても2000年から各地で開催されるようになりました。
 どの大型国際展も初期は有名アーティストを招聘した総花的な展覧会が多かったのですが、次第にテーマ性を持った展覧会が増え、2000年代の後半からは多文化主義を意識した社会的・政治的なテーマを掲げた展覧会が多くなっています。それに伴って作品についても形式よりも内容が重視されるようになりました。

 第12回ベルリン・ビエンナーレは、6月11日~9月18日、ドイツのベルリンで開催されました。キュレーターは、Kader Attia(カデル・アッティア)で、出自が移民のアルジェリア系フランス人アーティスト。ラディカルで政治的な表現・キュレーションを特徴としています。参加アーティストは70組。
 展覧会タイトルは「Still Present!」。「まだ存在している!」あるいは、「まだ終わってない!」、「まだ解決されてない!」とも訳せます。近代以降の植民地主義、ファシズム、帝国主義の間のつながりを明らかにし、グローバル資本主義やエゴイズムで傷ついた世界をいかに修復し新しいエコシステムを作り出せるかをテーマとしています。

 マニフェスタ14は、7月22日~10月30日、コソボ共和国の首都プリシュティナで開催されました。キュレーターは、Catherine Nicholsで、ベルリン在住のオーストラリア人キュレーター・研究者です。参加アーティストは103組。
 展覧会はタイトル「It matters what worlds world worlds: how to tell stories otherwise」。「諸世界が諸世界を世界化することが重要だ:そうでなければ、どのように諸々の物語を伝えるか」と訳せます。
 マニフェスタは、ご存じのようにヨーロッパを巡るノマド的なビエンナーレです。今回の開催地のコソボは、1992年に多民族国家のユーゴスラヴィアが崩壊し、その後、1998年〜1999年のコソボ紛争を経て、2008年にセルビアから独立を果たした国です。そうした地政的・歴史的コンテクストを踏まえたテーマになっています。

 第16回リヨン・ビエンナーレは、9月14日~12月31日、フランスのリヨンで開催されました。キュレーターは、Sam Bardaouil と Till Fellrathのふたり。ふたりはベルリンのハンブルガーバンホフ美術館のディレクターで、Bardaouilはレバノン生まれ、Fellrathはドイツ生まれです。参加アーティストは88組。
 展覧会タイトルは「Manifesto of Fragility」。「壊れやすさのマニフェスト」です。
 今回のリヨン・ビエンナーレは非常に凝った構成になっています。メイン会場となったリヨン現代美術館(macLYON)の3階が展覧会の導入になっています。そこに展示された「ルイーズ・ブリュネの多くの生と死」というセクションは、1834年のリヨンのシルク職工の反乱で役割を果たしたために刑務所に送られた若い女性、ルイーズ・ブリュネの知られざる人生をフィクション化したものです。

 第59回ヴェネツィア・ビエンナーレは、4月23日~11月27日、イタリアのヴェネツィアで開催されました。キュレーターは、Cecilia Alemani(セシリア・アレマーニ)でニューヨーク在住のイタリア人キュレーターです。参加アーティストは213組で、5つの展覧会では最多です。
 展覧会タイトルは「The Milk of Dreams」で「夢のミルク」と少し変わったタイトルです。

 ドクメンタ15は、6月18日~9月25日、ドイツのカッセルで開催されました。キュレーターは、ルアンルパ(ruangrupa)。ジャカルタを拠点とするアーティスト・コレクティヴです。参加アーティストは72組となっていますが、グループ(コレクティヴ)で参加している者が多く、また、そのグループが別のグループやアーティストを呼んだりしているので、正確な参加組数の確定は困難だそうです。
 今回のドクメンタには展覧会タイトルはありません。その代わりのキーワード、Lumbun(ルンブン)は、コミュニティのために余剰収穫物を保管する共同の米蔵を意味するインドネシア語。ここには、パブリックではなくコモンcommonの思想があります。また、ルンブンは概念ではなく実践だとルアンルパは言っています。
 話題となったキャッチフレーズ「Make friends, not art(アートではなく、友だちをつくろう)」は、これもルアンルパの考え方を象徴的に表したフレーズです。

 市原さんのまとめとしては、ベルリンとマニフェスタに対し、ヴェネツィアやドクメンタの間にはキュレーションに大きな違いがあり、前2者は、テーマがまず大きく掲げられ、そのテーマの例証として各作品がキュレーションされるオーソドックスな、いわば演繹法的な展示フォーマットが踏襲されている。他方、後2者、テーマがなくいくつかのコンセプトが実践されたドクメンタ15と、テーマが特定されない第59回ヴェネツィア・ビエンナーレは、まず各作品を〔観者が〕読み解き、それから物語が紡ぎ出されるといういわば帰納法的なキュレーション形式が見て取れると分析されました。リヨンはその2つの形式が交差しているとのことです。その大きな違いについて市原さんは、今後の海外大型国際展の方向性を示唆していると語られました。

 なお、筆者としては、そうした各国際展の違いのほか、いずれの国際展にも極めて強い社会性と政治性が現れていることに改めて驚きました。翻って、例えば「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」事件を想起すると、市民の国際展に対する受容における国内外の違い、あえて言えば、自国の歴史やマイノリティに鋭く向き合う姿勢の違いが際立ちます。その一方で、ドクメンタ15では一部の展示が「反ユダヤ主義」と批判され中止になりました。分断が広がる各国の中で、こうした問題を扱うことの困難さも考えさせられました。(文言の言い換え、筆者の個人的理解・感想等を含みます。ご了承下さい。文責:forimalist

——— この報告会に多大なご協力をいただきました、象の鼻テラス様と認定NPO法人スローレーベル様に御礼申し上げます。

【参考サイト】
 世界の国際展の情報サイト(英語)
 ・ Universes in Univese
  https://universes.art/en/biennials

【参考サイト:日本語】カッコ内はサイト名
第12回ベルリン・ビエンナーレ(ARTnewsJAPAN、ARTiT、ドイツ便り)
 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/377
 https://www.art-it.asia/top/admin_ed_news/225354/  https://doitsutsu.com/2022/06/30/2022%E5%B9%B4%E3%81%AF%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%81%AE%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E5%B9%B4%E3%81%A7/

マニフェスタ14(ARTiT)
 https://www.art-it.asia/top/admin_ed_news/199962/

第16回リヨン・ビエンナーレ(ARTiT)
 https://www.art-it.asia/top/admin_expht/230612/

第59回ヴェネツィア・ビエンナーレ(Tokyo Art Beat×2、美術手帖、ARTnewsJAPAN、CasaBRUTUS、BRUTUS、ARTiT、CNN、This is Media、毎日新聞アートの森、Forbes、KINAN ART WEEK)
 https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/venice_biennale_2022_report1
 https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/venicebiennale2022_soniaboyce_news_20220425
 https://bijutsutecho.com/magazine/insight/25529
 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/60
 https://casabrutus.com/posts/315236
 https://brutus.jp/labiennale2022/?heading=3
 https://www.art-it.asia/top/admin_ed_news/223698/
 https://www.cnn.co.jp/style/arts/35188475.html
 https://media.thisisgallery.com/20247475
 https://growing-art.mainichi.co.jp/growingart_20220930/
 https://forbesjapan.com/articles/detail/47825
 https://kinan-art.jp/info/7369/

ドクメンタ15(美術手帖、Tokyo Art Beat×2、ARTnewsJAPAN×4ほか同サイトのTags「#ドクメンタ/Documenta」で検索すると多数あり、WIRED、CasaBRUTUS、boundbaw、毎日新聞アートの森、ARTiT、ソトコト、朝日新聞GLOBE+、This is Media、藝大、KINAN ART WEEK、boundbaw、tobotobo)
 https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/25706
 https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/docmenta15-review-2022-08
 https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/documenta-fifteen-ruangrupa-2022-10
 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/378
 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/756
 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/256
 https://artnewsjapan.com/news_criticism/article/425
 https://wired.jp/article/documenta15-ruangrupa/
 https://casabrutus.com/posts/311958
 http://boundbaw.com/world-topics/articles/148
 https://growing-art.mainichi.co.jp/art_20221009/
 https://www.art-it.asia/top/admin_ed_news/225139/
 https://sotokoto-online.jp/sustainability/16660
 https://globe.asahi.com/article/14810982
 https://media.thisisgallery.com/20249648
 https://www.geidai.ac.jp/container/column/forefront_002
 https://kinan-art.jp/info/7637/
 http://boundbaw.com/world-topics/articles/148
 https://tobotobo.org/2023/06/30/202306_marikok/

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