「アートプロジェクトの0123」レクチャーコース    第8回講義(百瀬文さん)を振り返って

 「アートプロジェクトの0123(おいちにさん)」レクチャーコースの第8回目講義は、アーティストの百瀬文さんを講師にお迎えし、1月24日(火)に開講しました。
 百瀬文さんは、声を始めとした身体性と他者とのコミュニケーション、セクシュアリティやジェンダーなどのテーマを掘り下げた映像作品を中心に、毎年国内外で多くの個展やグループ展を開催し、めざましく活躍されています。
 ところで、みなさんの中にも、百瀬さんの作品を見終わった後に何か、もやっとした気分で会場を後にされた方も多いのではないでしょうか。百瀬さんは講義の中で、鑑賞者に必ずしもあるひとつの感想を持たれることを狙ってはいないし、あるいは、後日、ふとした時に作品に関連したことを想起することでもいいという趣旨のことをおっしゃられました。このようにアート作品がいかに多様性、多層性を持つものであるかというお話しをお伺いし、ストンと腑に落ちるレクチャーでした。

百瀬さんのレクチャーの様子(投影されているのは《Jokanaan》のスチール映像)

 まずお話しは、2013年の武蔵野美術大学大学院修了展で発表された初期の代表作《聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと》のほか、百瀬さんの実祖母おふたりが登場する《The Interview about Grandmothers》(2012-16)、2012年から続いている『定点観測』シリーズ、日本の植民地支配をテーマとした《Lesson[Japanese]》(2015)、《FLAGS》(2015)と、声と言葉をテーマとした作品のご紹介から始まりました。
 百瀬さんは、2017年に米国へ、レジデンスに行かれたことをきっかけに自分とは誰なのかを考えることが多くなり、フェミニズムやアイデンティティ・ポリティクスについて関心深く研究され、その成果をお話しいただきました。フェミニズムの専門家ではないと留保をつけておられましたが、フェミニズムが複雑で多様、多層で流動性のあるものなのかを強く認識したとのことでした。
 そうしたご経験をもとに帰国された後は、3DCGとモーションキャプチャを使った《Jokanaan》(2019)、《I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U》(2019)、手話を巡るコミュニケーションをテーマとした《Social Dance》(2019)、遠藤麻衣さんとの共作《Love Condition》(2020)、CGを使った《Born to Die》(2020)、ポーランドの人工妊娠中絶禁止を扱った《Flos Pavonis》(2021)、性介助を扱ったパフォーマンス作品『クローラー』(2022)など、テーマとして身体とコミュニケーションのほかにセクシュアリティやジェンダーにも広がった作品を発表されています。

 これらの作品群で、百瀬さんは、自身の違和感を丁寧に掬い上げ、それと社会の関係を探ってこられましたが、そのテーマや作風は今年度のレクチャーシリーズの中では、第6回目に登壇された毒山凡太朗さんと性差を越えて、一脈相通じるものがあります。
 また、百瀬さんが学ばれた武蔵野美術大学は、米国のフォーマリズムを日本に本格的に根付かせるべく尽力した美術評論家 藤枝晃雄が永らく教鞭をとってこられた大学ですが、百瀬さんもその影響を自身の作品制作の原点のひとつとしているとのこと。百瀬さんの映像作品は、社会的なテーマ性を強く帯びる一方で、映像というメディウムに声を始めとする身体性をパフォーマンス的に持ち込んでその構造を見せるフォーマリズム的な側面を持っているともいえます。つまり、百瀬さんの作品は内容、形式ともに多様で多層であることを示しているのだと思いました。(要約・言い換え、前後の入れ替え、個人の感想などを含んでいます。ご了解ください。文責:forimalist

【参考サイト】
・百瀬さんのサイト
  http://ayamomose.com/?ja

・東京アートビートによるインタビュー
  https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/aya_momose_interview

・現在開催中の十和田市現代美術館の個展『口をよせる』
  2022年12月10日(土)~2023年6月4日(日)
  https://towadaartcenter.com/exhibitions/momose-aya/

・綿野恵太著『「差別はいけない」とみんないうけれど。』
  アイデンティティ・ポリティクス等を研究されてきた中で、とても勉強になったと推奨された書籍
  https://www.heibonsha.co.jp/book/b455002.html

・藤枝晃雄(1936~2018)
  1970年に武蔵野美術大学助教授として着任し、その後2007年まで同教授。
  https://kotobank.jp/word/%E8%97%A4%E6%9E%9D%E6%99%83%E9%9B%84-1585868

 —— 今年度のレクチャーコースは一部対面で講義を行っており、来場者からもオンライン受講者からも、様々な質問をいただきながら進めています。また、受講者はアーカイブも一定期間ご覧になれます。

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