10/19に開催した「アートプロジェクトの0123」第4回目の講義は、「コロナ禍でのアート事例」をテーマに、NPO法人 芸術公社の代表理事で、アートプロデューサーの相馬千秋さんを講師にお迎えしました。
国内外様々なアートイベントでディレクターやキュレーターとして携われて来られた相馬さんが、今般のコロナ禍により活動を制限せざるを得ない厳しい状況下で、何を思い、どのような活動を実行して来られたのかを伺いました。
日本国内でも、昨年初頭よりコロナウィルスの感染拡大により、演劇やアートイベント等、大規模イベントは中止を余儀なくされ、先の見通しがつかない日々が続きました。相馬さんがディレクターを務めるシアターコモンズは、大人数を容する大規模イベントには当てはまらなかったこと、VRを多く取り入れ、一部オンラインへ切り替えるなど工夫しながら、十分な感染対策を取った上で、何とか開催に漕ぎつけました。
シアターコモンズ終了後には、予定されていた活動の先行きは見えないまま、自粛生活という非日常の中で、様々な思いや葛藤があったことをお話されました。葛藤の要因として、まずあげられたことは、あらゆる「距離」の問題についてです。ソーシャル・ディスタンスをとり、三蜜を避けねばならない状況下にありながら、一方でパフォーミングアートや演劇は、タイミングをはかり、あうんの呼吸を感じ取れるような距離感、どうしても接触しないとできないような関係が必ず生じるため、どのような形で活動出来るのか思慮を重ねられました。
距離の問題を解決する上で、世の中では急激なテレ化(遠隔化)が進み、これまで遠く離れた地方や海外の人たちとのコミュニケーションが容易に取れるようになったものの、常に画面に強制同期されているような逃げ場のなさ、画面越しに会えても直接は会えないジレンマをより感じたこと、プライベートとパブリックの境界も曖昧化してしまうことなどもあげられました。
「このままコロナの感染者数に一喜一憂していたら、何もできない。」と考え、今までのように戻らなくても、それでもやる、とにかくやれることをやろうと決めて実行されたことが、「みちのく巡礼キャンプ」でした。
<みちのく巡礼キャンプ>
「旅をしながら震災の記憶をたどる」をテーマに、これまで5年ほど、毎年夏に、東北地方(福島、宮城、秋田、岩手)を巡るツアー型のワークショップを 続けてきました。芸術公社という NPO を立ち上げたとき、これまで大きなアートフェスティバルのディレクションに関わられてきた中で、もっと作品のアウトプット前の段階の創作をしたいと考えるようになり、この「みちのく巡礼キャンプ」が生まれました。今年は震災から 10 年の節目で、且つコロナという災厄が重なったこともあり、出来ることをやろうと今年の開催を決定されたのだそうです。当時東京都で感染者が増加し、東京から地方へ行くことを良しとされなかった時期で、震災当時、原発の影響で福島の方々が受けた風評被害を思いおこし、今の自分たちを重ね合わせました。
https://theatercommons.tokyo/lab/program/michinoku2020
<シアターコモンズ21>
シアターコモンズは、芸術公社が企画したインディペンデントなアートプロジェクトです。
「コモンズ」とは、「共有の知・地」を指し、演劇の「共有知」を使って、社会の「共有地」を作ろうと始められました。いわゆるフェスとは違うものと位置付けていて、むしろ都市の中で、とてもひっそりと行われる、ある種のテンポラリーで架空の共有地を、アートの想像力を使って出現させようというプロジェクトです。
今年のテーマ「孵化/潜伏するからだ Bodies in Incubation」は、相馬さんがこの自粛期間中に、本を読んだり海外のアーティストをリサーチする中で探し出した言葉です。「Incubation インキュベーション」とは、生まれる未然、発生する未然の状態や、待機の状態を意味します。コロナ禍で先が見えず、どうなるか分からないけれど待つという状態、今のインキュベーションの時間を、非進歩的で無駄な時間と位置付けるのではなく、何かが生まれていく時間・豊かな時間と捉え直そうという思いから、この言葉をテーマの軸に選びました。
このような状況下で、芸術に何が出来るのか、人が集まれない時代にどのような方法で集まれるのかを問い直し、自粛生活をとおして、様々な生活様式の急激な変化を体験してきた中で、疲労し、失調してきた自分たちを、作品の力でチューニングし直したい、取り戻したいと考えられました。VR作品の制作は、仮想をとりまぜた演劇的な体験を作っていこうと思い、2019年のあいちトリエンナーレから作り始めていました。夢のようなつかみどころない世界とVRは親和性があると感じ、今後も深めていきたいと考えています。
https://theatercommons.tokyo/
<世界演劇祭2023>
相馬さんは、同じ芸術公社のメンバーのお一人でもある岩城京子さんと一緒に、ドイツで最も重要なフェスの1つである「世界演劇祭2023」のディレクター公募に応募され、世界30ヵ国70を超える応募の中から、お二人の企画が選ばれました。相馬さんはプログラム・ディレクターを、岩城さんはチーフ・ドラマトゥルクを務めます。
通常、数億円規模の大きなフェスのディレクターを公募することはなく、この世界演劇祭も、40年の歴史の中で初の試みなのだそうです。お二人で膨大な企画書を作成されたそうですが、提案された「チャレンジングでかなり偏った大胆なプラン」には、どのようなアイディアが盛り込まれたのでしょうか。
・今、全世界がコロナという共通の危機的な状況下におかれ、究極の大きな問いが世界中に共有されている中で、この演劇祭でどのような問いを立てるのか。
・これまで演劇祭や芸術祭というのは、欧州の中心地で世界の多様な作品を集めて、「これが世界ですよ」と見せることが主流とされ、それを期待されてきたところがあるが、そもそもそういうモデル自体がおかしいのではないかという問題提起。
・欧州の中心からではない、日本ないしアジア周辺にいる自分たちが、そこから眼差した世界、自分たちの視点からの提示。
・これまで多くの演劇やアートは、20世紀まではほぼ男性が主体として語られてきたところがあるが、そのようなことをいかにずらしていくか、位置を変えていくか
相馬さんは、約半年に及ぶ世界演劇祭の選考期間中、自粛生活のためほぼ自宅で過ごしていたそうです。世界規模のフェスのキュレーションをするのに、ほぼ家から出ないで選考に臨んでいるという、ある種矛盾した環境下ではあったけれど、コロナ禍だったから、そのような制約があったからこそ、欧州の中心的な場所にいない自分たちにも光が当たったのではないか。そう考えられたのだそうです。
「コロナというのは、今までの常識を変えうる力もあるし、そういう機会だととらえることも出来るのではないか。つらいことも多々あるが、ネガティブにとらえるだけではなく、変わる地殻変動のような、自分がいかに新しい提案が出来るかを考えていく必要があるのではないか。そんなことを評価してもらえたことはありがたいことだと思う。今後も自信をもって、今までやってきたことの延長線上で、こういうことが出来る、勝負できると思ってやっていこうと思う。」最後に、この演劇祭の選考を受けて感じられたことを、このように話してくださいましたが、強い意志が感じられ、再来年開催される演劇祭への期待が膨らみました。昨年コロナの初期はなかなか軌道に乗れず調子が悪かったとしながらも、苦境にただ立ち止まるのではなく、状況を的確に判断して、出来る事を行動へ移していった相馬さんのプロセスは、まだ先行き不透明な中で、前向きに一歩を踏み出すための大切な指針のように感じました。
「世界演劇祭2023」は、再来年の2023年6月29日~7月16日まで、フランクフルト市と隣接するオッフェンバッハ市で開催されます。そのころにはコロナも落ち着き、自由に海外へ渡航できるようになっていることを切に願います。https://www.theaterderwelt.de/