作家名:薄久保香
展覧会タイトル:かくて円環は開き、
会場ギャラリー:rin art association(高崎市)
会 期:2022年8月27日~10月16日
薄久保香の絵画の魅力はふたつある。ひとつは、硬質なマチエール。
油彩画でありながら絵肌はマット。直感的に想起したのは陶芸家 板谷波山の葆光釉。あたかも内側から発光しているような波山の花瓶と同様、薄久保の絵画は柔らかな輝きを湛えている。近づいて見ると意外に硬質感がある。もし画面を指で弾いたら、きっと磁器のような乾いた高音が響くと錯覚するほどだ。
画風は写実系具象画で、陰影描写はグレージングを施しているにもかかわらずオールド・マスターの名画ほど画面は暗くない。新印象派のジョルジュ・スーラはパレット上で絵具を混ぜて濁らせることを嫌い、点描を用いて見る者の目の中で色を混合させ鮮やかな色彩を表現した。薄久保の陰影はスーラの点描をさらに細かくしたように明るい。
魅力のふたつめは、トポロジカルな空間。
薄久保の絵画にはモチーフの前後関係がわからない奇妙な空間があることに気づく。それはペンローズの三角形や悪魔のフォークなどの不可能図形、あるいはメビウスの輪のような空間だ。視線をたどると、目が迷路に入り込んだ感覚になる。
薄久保はパソコンで下絵を作成している。その際、実景を撮影し、いったんそれをパソコンに取り込み、それをプリントアウトした紙を切ったり皺をつけたりし撮影して再度パソコンに取り込んだりと、アナログとデジタルをそれこそメビウスの輪のように往還し、最終的に手描きの油彩に着地させている。そうやって絵という二次元でしか表現できない空間、三次元ではあり得ない空間を追求している。写実技法で描いている理由は不可能な空間をリアルに見せるための必須の手法だからなのだ。
マチエールも空間もパソコン作業から生まれている。マットな表面、内側からの発光、微細な粒子は、液晶ディスプレイと同じテクスチャーであり、不可能空間はパソコン内でのデジタル作業で制作される。つまり、薄久保はパソコンのディスプレイを油彩に置き換えているのだと膝を打った。
ギャラリーでは写真撮影が許されていたが、画面を接写で撮影しても到底そのマチエールと空間の魅力を持ち帰れはしない。軽く嘆息し、そっとスマホを閉じた。(forimalist)
(なお、このレポートは、今年の「アートプロジェクトの0123」の「ライティングコース」講座で講師の福住廉さんの赤ペンが入った前半部を元に、それを書き継いで仕上げました。)
【参考】rin art association 薄久保香「かくて円環は開き、」 http://rinartassociation.com/exhibition/2696