静謐な空間に佇む「祈り」の塔―山本基『記憶への回廊』―
「奥能登国際芸術祭」(石川県珠洲市)で、山本基さんの展示『記憶への回廊』を見た。メイン作品は「塩の塔」。塩で覆われた床面から、塩のブロックを積み重ねた「塔」が立ちあがる。会場入口に掲げられたステートメントに言葉を失った。「妻が病で亡くなった」と記されていたからだ。その後は4歳の娘を毎日、保育園に送り、迎える日々を過ごしたという。かつて保育園だった空間を清浄な白で満たし、静かな海から祈りを捧げるかのように、「塔」が天上へと向かう。
山本さんは長らく塩を素材として制作を続けている。そのきっかけは、妹さんが若くして亡なくなったこと、と聞いたことがある。16年も前のことだ。私が「言葉を失った」のは、山本さんが最愛の人を2度も喪ったと知ったからだ。黙して冥福を祈るほかない。
告白すれば、私は迂闊にも、山本さんの作品に「清めの塩」を連想していた。会葬の後、死の「不浄」を祓うために撒く塩のことだ。少し考えればわかることだが、作家は死を穢れとみなしてはいない。むしろ愛しい人の死を受けいれつつ、その記憶を留めるためにこそ塩による制作を続けている。そのことに今回、ようやく気づいた。我ながら慚愧に堪えない。
「清めの塩」という風習はいまも続いているのだろうか。年齢を重ねたので会葬の機会はそれなりに増えたけれど、「会葬御礼」に塩の小袋をあまり見かけなくなったような気がする。この社会の死生観も静かに移ろいつつあるのかもしれない。晩秋の林につつまれた会場で、そんなことを考えた。(テラコレ 西岡)
・奥能登国際芸術祭2020+ / 石川県珠洲市(会期は11/5で終了)
https://oku-noto.jp/ja/index.html